選べる、ということは物事の愉しさの基本

2012.01.07

人里に近いところだといっても、あまり油断しないほうが良い。スローサイクリングのフィールドとしての「田園」や「田舎」は、むしろ、「里」という言葉が示す領域に近いのだろうと私は思う。人家や通りかかる車もないようなエリアは、やはりべテラン向きという感じが強いし、のんきにあちこち寄り道して見て回るということより、まずもって安全にそこを通り抜けるという課題をクリアしなければならぬ。個人的には、私は、深山や荒海といった厳しい自然環境ではなく、そうした環境の余韻多少残っているものの、基本的に人の生活環境であるような人里が、田園スローサイクリングのフィールドとしてふさわしいと思っている。

[関連情報]
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なぜなら、多くの場合、そこには選択しうる「道」が複数以上あるからだ。アウトドア環境として条件の厳しいところは、サイクリングルートそのものが、「ここを通るほかない」という道である場合が多数を占める。スローサイクリングの愉しさのひとつは、道の選択の自由ということがあると思うので、田園や郊外では、そういうことがしやすいエリアをフィールドとして設定するのもポイントだと思う。選べる、ということは物事の愉しさの基本だ。スローフードだって、昔は言ってみれば庶民が口にするものほとんどすべてが地元産の食材で、手間ひまかけて作っていたわけだし、それは、それ以外に方法がなかったからでもある。だから今で言うスローフードは、その食品自体が昔と同じように手作りで作られていたとしても、意味合いが昔と違うと私は思っている。それは、ファーストフードも選べる世界の中で、選び取られたものであって、だからこそ、スローフードという名称がついているのだ。もし、みんながみんな自転車に乗らなければならない世界だったとしたら、私はきっと自転車に乗って休日を過ごすことなんかしなかったと思う。選べるということは、ありがたいことである。




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